子育て 書評 雑記

我欲を断つのが一家の愛とは?真剣に考えてみた

信じる覚悟という本を読んで一番心に響いたのがこの言葉だった。

我欲を断つのが一家の愛

自分が自分がと、私を一番に考えることを止める。

美味しい食べ物があれば、皆で分かちあって楽しむ。

苦しいことがあれば、皆で励まし合って乗り越える。

自分だけ、という我欲を断つことが、一つの家族を支えます。

一家が幸せになるには、ほんの少しの心がけでよいのです。

信じる覚悟  p140

私が家族の長になっていなければ、ここまで強く心揺さぶられることはなかったと思う。

子供が生まれる直前は

同棲生活をしていてお互い仕事をしていました。私は4日勤務して2日休みの昼夜勤務を繰り返していたため、必ず土日休みではありませんでした。一方妻は土日休みで昼の仕事のみ。すれ違い生活でしたが、一人で自由に使える時間と、一緒に使う時間とが、バランスよく取れたため不思議とストレスはほとんどありませんでした。

当時私は某有名FPSのオンラインゲームにハマっていて、暇さえあればコントローラを片手にモニターとにらめっこしていました。時には現在の妻が隣にいる状態でゲームに没頭していたときもあります。

それって独身だからこそ出来たと今では思います。妻はゲームをほとんどしません。一緒にゲームをやるなんて皆無です。

ゲームをしていて楽しいのは自分だけでした。その間、パートナーはというとレンタルしてきた韓ドラに夢中です。お互い一緒にいながらも、好きな時間を過ごすことが出来たのは、子供がいないからでしょう。

そのかいあって3年に及ぶ同棲生活は、実りある時間となり結婚へと繋がりました。

子供が生まれた後は

妻の実家にお世話になることにしました。産後うつという言葉があるように、体調、気持ち、精神が不安定になりかねない時期。お母さんとの関係が良好な妻です。それも決め手の一つとなり、妻の実家に入りました。

妻の兄弟は3人います。義母の育児経験は豊富です。妻にとっても私にとってもなにより心強い存在でした。

心強い存在ゆえ、本来夫婦で乗り越えるべき育児難のカベが低く感じてしまったのです。

私が育児をやらなくても、妻も義母もいる。わざわざ育児がぎこちない自分が出る幕なんてないと勘違いし始めます。その余裕からしばし止めていたゲームを再開します。

やっぱりゲームは楽しい。

でも心から楽しめません。赤ちゃんがいる。義母の目がある。

自分は育児をしないダメな父親?そう思い始めます。あれほど大好きだったゲームの時間も、1時間だけとか2時間だけといった感じで、時間を忘れて没頭することは無くなっていきました。

我欲ってなに?

私の場合はオンラインゲームです。

プレイ時間を競いあっていたあの頃は、盲目でした。沢山の時間を消費したわけですが、当時はそのことに気づくこともなく思考停止状態でした。でも子供が2人できた今では、まったくゲームをやらなくなりました。携帯ゲームも家族の時間を奪うのでやりません。

我欲を貫き通すことは可能です。しかしそれは家族を失うと同義だと思っています。

理由の一つに今しか出来ないということは良く聞きますが、今じゃなくてもいいものは?と問われるとなかなか答えがでないものです。

なぜなら今やっていることを正当化したいからです。

パートナーが初めての育児で苦しんでいたとしたら、皆で励まし合って乗り越えるのが一家の愛です。

最後に

子供が出来て自由がなくなったってよく聞きますが、自分もそう思います。

でも欲しくて産んだ子供です。覚悟して産んだ子供です。産む前は覚悟していたはずなんです。それでも育児の難しさから目を背けたくなったり、逃げ出したくなったりします。

なんでもかんでも1人でどうにかしようとするな。人間一人で出来ることなどたかがしれている

それに早く気が付く、気が付いてあげる。それがすぐには出来ませんでした。

私も第一子が産まれて数ヶ月は義母に甘え、妻に甘え、父としての出発は、妻が母となる出発地点よりだいぶ後になりました。それでも子は育ちました。

赤ちゃんには大人の手が必要です。ひとりでに大きくなることはありません。

自分だけ、という我欲を断つことが家族の支えになるのです。ホントこの言葉がずっしりきました。

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