子育て

2016年11月11日第二子出産

興奮冷めやらぬ。今日は記念日だ。

1億総日本人1人の誕生。家族が増えた。

11月11日とっても覚えやすいじゃないか。予定日と出産日が一緒という奇跡。

朝のお印から始まり、夜21時過ぎ子供を妻の実家に預けて、妻を乗せて産婦人科へと向かう。

期待と不安を胸に。

車を走らせ産婦人科に着くと、もちろん車は駐まっていない。入り口も営業時間外のため、閉まっている。

インターホンで事情を説明し中に入る。

さぁ。開戦だ。

 

第二子誕生までの流れ

11/10 21:00過ぎ

病院着。まずは陣痛室に案内され、助産師が子宮口の開き具合を確認する。

このときまだ1cm。

妻とは会話は出来るが、陣痛がくると歩くのが難しいそうだった。

陣痛時はおなかを抱えて歩くことをやめる。

陣痛の間隔も5分強。助産師によるとまだまだらしい。赤ちゃんの心拍とおなかの張りを観察するためにおなかに機器を巻かれる。

今日はどうするか?一旦帰るか、入院するかという話になった。

入院するデメリットは料金が少し高くなってしまうこと。しかし私たちはそのまま入院を選択した。

つらそうにしている妻を一度帰し、また悶絶しながら産婦人科に来ることが厳しいと判断したためである。

それから病室へと場所を移し、しばらく時間がたつ。

11/11 1:03

呼び出しボタンを押した。

妻の様子はだんだんと陣痛がつらくなってきたのか、陣痛の間は会話する余裕はほとんど無くなった。

それまではテレビをみたり携帯をいじったり、会話の少ない時間が続いた。

普段から聞き役の私は、こうゆうときになんの話をしたらいいのか分からなかった。

長男はちゃんと寝れたかな?とか

見慣れない部屋で静かに時間だけが過ぎてゆく。陣痛がくると痛みに体がくの字になる妻。私は背中をさするだけ。

そこに優しい言葉も、檄もなく、ただただ尾てい骨あたりさすったり、押したりしていた。

空気みたいなもんだっただろう。少しは力になれたのだろうか。

この時、子宮口は3,4cm。

駆けつけた助産師も、また様子見しましょうとその場を離れる。

私たちよりも、幾千の経験を踏んだ助産師がそうゆうのだから、様子を見守るしかない。

ただ、妻の痛みは徐々に増している。それだけは分かる。早く出てこい、出てこいと心の中で念じる自分がいた。

1:15

呼び出しボタンを押した。

さきほど診察してもらったばかりだが、妻は本当に苦しそうだった。もうすぐだ。もうすぐだぞ。と心のなかで叫ぶ。

妻の陣痛は間隔が短くなり、その痛み方も増している。

男はこうゆうときそばにいるだけでよいのか?

自問自答しながらも、私は妻のそばにいた。ただただそばに居た。

力になれただろうか。

助産師は言う。それでは陣痛室にいきましょうか。

用意された車いすに妻は移動するが、なお苦しそうだ。もう絶対生まれるだろう。そろそろだろう?

早く楽にさせてあげたい。

そう願うばかりだった。

正直女性の痛みを代弁出来るわけではない。

よくたとえに鼻からスイカなんて言葉で、表現されるけど、男の私だったら絶対むり。憤死していると思う。

鼻からスイカって。鼻からトマトでも無理。

1:22

陣痛室で、助産師が子宮口を確認すると6cm。

もう一息。あと1時間くらいしたら生まれそうだとのこと。助産師の経験則とはすごいものだった。

普段こんな苦しそうな妻を見る事はまずない。

感情表現の豊かな彼女がここまで追い込まれる事はない。陣痛の発生間隔もさらに短く、そして陣痛が長い。

見るに堪えないくらいの姿だった。

尾てい骨周辺を押していると、初めて妻が怒った。

痛い。

妻は今、必死に生まれんとする新しい生命と向き合いながら、もだえ苦しんでいる。

以前私が、長男の出産立ち会いで陣痛室に居たときの話なんだが、そのときはもう一人陣痛が起きているママさんが隣で寝ていた。

陣痛が来るたびに、すごい大きな声で痛い痛いと叫んでいた。

おそらく旦那さんと実のお母さんが立ち会っていたのだと思うが、痛がる妻を見て、その旦那さんは妻を気遣い背中をさすってあげていたように思う。

「そこじゃねぇぇぇーよ」

隣に私たちが居ようがいまいがお構いなしだった。私は旦那に浴びせる言葉として、どうか?とそのときに思ったが逆にそれほどの痛みなんだなとも思った。

当時の妻はその言葉に萎縮してしまい、自分は気をつけようと思ったそうだ。

話がそれてしまったが、今回妻が私に言った下劣な言葉はなく、陣痛で痛がる最中も私に最小限の気遣いをしてくれたんだと、私は勝手に思っている。

ありがとう。

1:35

呼び出しボタンを押す。

助産師が駆けつけ、分娩室の準備が始まった。妻も分娩室へ移動する。妻のほほに涙が流れていた。

もう歩くのさえつらそうだった。おなかを右手で押さえ必死に歩いて移動する。

母性が爆発していた。

ここから先は、生まれる直前まで立ち会いは不可。

ドア一枚はさんだ向こう側から、叫び声が聞こえる。妻は戦っている。

私も、はやる気持ちを抑えようとするが、落ち着かない。

看護師が「これを着て待って居てください」と、青い簡易白衣のようなものとマスクを渡してきた。

私はその白衣を着てずっと待った。時間は1:45頃。

不自然に陣痛室をうろちょろしていた。

それにしても暑い。この部屋何度だ?暖房24℃設定。

さすがに暑い。しかし今呼ばれたらどうしようという葛藤から、その暑さを一時は我慢する事にした。

しかし汗が出てきた。やっぱり我慢するのはよくない。だから1枚アウターを脱ぐために白衣を脱ぎ再度着た。

待つこと数分。

分娩室に呼ばれる。そろそろですよ。

そこには今生まんとする妻の姿があった。

1st いきみ   まだ彼の姿は見えない。

2nd   いきみ   まだまだ彼の姿は見えない。

妻の顔を見れば分かる。相当いきんでいることを。血管が浮き出ていた。

3rd いきみ   彼の上半身が妻の肩越しに立つ、私の目から確認することができた。

1:58

「おぎゃーおぎゃー」

力強く泣いた。元気な男の子です。

生まれた。生まれたよ。良くやった。ママ。

感動して涙が出そうになった。

これで立ち会いは長男に続き2回目。やはり人生でそうそう味わう事のない経験を再度味わった。

不思議な事に、長男が生まれたのも深夜2時過ぎ。次男は2時前。ほぼほぼ同じ時間に生まれたこの兄弟をただの偶然とは思えないのは私だけ?

私だけだろうな(笑

ここに3545g    50.5cmの次男坊が誕生した。

まとめ

陣痛中のママは本当に苦しそうだった。

こんなに苦しがるママはそうそう見れない。普段強気なママがここまで顔をゆがませ、会話もままならない状態まで追い込む出産は、本当に大変なのだ。

男である私が代弁出来るわけでもなく、想像のそれを遙かに超えているんだろう。

私は出来る限り立ち会い出産をして欲しいと世の男性に願う。

あとで立ち会わなかった事を、妻にとやかく言われるからとか、仕事でいけなかったとか、理由はいくらでもあるけれど、こんな経験は人生で数えるくらいしかないんだ。

妻の顔を見てよ。

自分の子を必死に産もう苦しむ、彼女の姿を。戦う姿を。それを目に焼き付けたら明日から、頑張んないとなって思うよ。

無責任に子供なんてつくっちゃいけないんだって。そう感じるよ。

男に出来ない出産という高いハードルを飛び越えていってるんだよ。

男に出来ない生命を宿し、愛情を注ぎ、成長させているんだよ。ママの始まりは妊娠から始まっているんだ。

無責任な親だけにはなりたくないな。

立ち会えばきっと、子供の事も妻の事も、もっと好きになる。だからおすすめ。

じゃいな!

 

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